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【2021年のレース】復活劇。

 

2021年のレースシーンで特に印象に残ったことを数回に分けて書いてみる。

まずは、印象的な数々の復活劇。怪我や不調により辛い時期を過ごした彼らが鮮やかに蘇ったシーズンだった。何より命がけの競技だということも思い起こされたり。挫折から復活する姿はそれだけでも胸熱!

※年齢と所属チームは2021年12月時点。

 

マーク・カヴェンディッシュ

(36歳/ドゥクーニンク・クイックステップ

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ツール第4ステージでの3勝目。ここから快進撃は始まった。

 

2020年末、引退をほのめかしていたかつてのスーパースターは、2021年の1月にやっと古巣クイックステップに最低限の契約金で加入する。若者に戻ったかのような元気の良さを見せ、4月のトルコツアーで3年ぶりに勝利する。最速のライバルが参加していないレースだったとはいえ4勝を挙げ、復活の兆しを見せた。そして6月には強豪スプリンターが揃うベルギーツアーで勝利。果たしてツールは、エースのサム・ベネットが膝の不調により直前で欠場。カヴに出番が回ってきた。それでも勝利をあげると思っていた人はほとんどいなかったはずだ。

迎えたツール・ド・フランス。なんと第4ステージで堂々勝利。カヴが帰ってきた!多くのファンも解説者も驚き、支えてくれたチームメイトやスタッフと抱き合い泣きじゃくるカヴ。ライバルたちからの祝福後の涙のインタビューにはもらい泣きした。その後も快進撃は止まらず、4つのステージ優勝とマイヨヴェールも獲得。通算34勝という、エディ・メルクスと並ぶツールの歴代最多勝利に届いた。僕たちは生中継で紛れもない伝説の瞬間を見れたのだ。

終わってみればシーズン10勝。3年間ひとつも勝てなかった彼は通算158勝を積み上げた。来季もクイックステップと無事に契約を結び、モルコフはじめ屈強なトレインで勝利を目指す。12月にはトラックレースで落車し数カ所骨折したり、家に武装した強盗に入られるなど災難にもあったが、来季への興味と期待は尽きない。ラストシーズン、ツールでの勝利を応援するが、チームメイトのヤコブセンとのエース争いも熾烈である。

 

 

 

トム・デュムラン

(31歳/チーム ユンボ・ヴィスマ)

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オリンピックでの力強い走り。復活が間に合ってよかった。

 

昨年1月に発表された突然の無期限の休養宣言。燃え尽き症候群ともサドル痛の悪化とも様々な噂が流れて、そのまま引退するのか心配されたかつてのエース。その後久しぶりに公の場に見せた姿は、アムステルゴールドレースに出るチームメイトを応援する様子で、復活を予感させた。

予感はすぐに現実になる。6月にオランダ代表として東京オリンピックへの参加を宣言し、ツール・ド・スイスに出場。調整不足の影響は見られ精彩を欠いていたが、日を追うごとに走りは力強くなり、4年ぶりにオランダ選手権TTで優勝。五輪の個人タイムトライアルでは見事銀メダルを獲得。金メダルを獲得したチームメイトでもあるログリッチと一緒に表彰台に登壇した笑顔は印象的だった。

11月に事故による負傷のため早めにシーズンオフを迎えたが、来年はグランツールでの総合優勝を目指すとの報道もあり、期待は高まる。「自転車が嫌いになった」と言っていた彼が「再び自転車競技への愛が戻ってきた」と語るのが何より嬉しい。まだ31歳。ログリッチより一つ下なのだ。

 

 

 

エガン・ベルナル

(24歳/イネオス・グレナディアーズ

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ジロでベルナルに檄を入れるダニマル。この二人のコロンビア人はいいコンビかも。

 

2019年のマイヨジョーヌは2020年のツール・ド・フランスをリタイアした。何年も背中の痛みに苦しんでいたことを告白する。そこから2年、彼の苦しみは続いた。レースは何度も途中棄権した。もうトップコンディションに戻ることはないのではないか?様々な検査や治療を受けても「痛みのため5分以上立っていることもできない」状態を何ヶ月も過ごす。所属するチームのイネオスには総合系のエースがひしめき、彼以外にもグランツールの総合優勝経験者が3人もいる。果たして復活はできるのか。

迎えたジロ・デ・イタリア。イタリアは彼がはじめてプロになって2年間を過ごした思い入れのある場所。その第9ステージ。未舗装路と急勾配のある難関ステージは多くの優勝候補たちをふるいにかける。イネオスのモスコンの前回牽引で人数を絞られた先頭グループから鮮やかに加速したのはベルナルだった。MTB出身らしい力強い走りは誰も反応すらできない。「集中していたので逃げを全員吸収したのかわからなかった」彼はガッツポーズをすることなく、ひとりで山頂ゴールを駆け抜けた。この日、はじめてのグランツールのステージ優勝とピンクのジャージを獲得し、最後までマリアローザを誰にも譲らなかった。17ステージの終盤で失速するベルナルをアシストするダニエル・マルティネスの激熱ぶりは2021年のベストシーンのひとつ。

その後、ブエルタでも総合5位。22歳でツールを総合優勝し燃え尽きていた彼が、主役の座に返り咲く。また名シーンを生み出すことを期待したい。

 

 

 

レムコ・エヴェネプール

(21歳/ドゥクーニンク・クイックステップ

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優勝したベルギーツアーの第2ステージ。真似できない低姿勢のTTフォーム。美しい。

 

昨年のイル・ロンバルディアでの衝撃の落車事故。下り坂を曲がりきれず、橋から10メートルも落下し、骨盤骨折や肺挫傷など重傷を負った。ジュニア時代には世界選手権を含む出場する全てのレースを勝ち、ワールドツアーを最年少で優勝するなど、「神童」と呼ばれる活躍で期待を受け続けてきた20歳の若者には大きな試練だったに違いない。

およそ9ヶ月ぶりのレース復帰。5月のジロ・デ・イタリアこそ不運な落車もあり途中リタイアしたが、徐々に調子を上げる。ジロでのリタイアから2週間後、地元のベルギーツアーで復活勝利。8月はひと月の間に5勝、4ヶ月間で8勝をあげた。得意なTTはもちろん、20km以上独走して勝つ姿は1年前の怪我以前に戻りつつある。オリンピック、欧州選手権、世界選手権と、全てロードーレースもTTもベルギー代表として出場し3つメダルを獲った。チームがファンアールトをエースとすることに不満をもらすような言動でお騒がせもしたり、少々やんちゃぶりも強気なエースの復活を感じさせ、心強い。

来年はグランツールでの総合優勝も狙っていく。チームはルフェーブルGM自ら総合勢への体制づくりも公言し、レムコ中心のチーム体制が整えば総合優勝も夢ではない。独走で逃げ切るスタイルの勝ち方は新しい総合エース像を作るかもしれない。まずはジロでリベンジだ。

 

 

 

ファビオ・ヤコブセン

(25歳/ドゥクーニンク・クイックステップ

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ブエルタでのゴール後のガッツポーズ。サガンのハルクを彷彿とさせる。

 

2021年は彼を抜きには語れない。2020年のポローニュでの大事故。人工的な昏睡状態に置かれ生命の危険すらあった状態からの、奇跡としかいいようのない復活劇。

まずは4月、トルコツアーでレース復帰。多くの関係者からの祝福の様子は胸に暖かいものがあふれた。この頃はまだ満足に食事もできなく補給が成績に直結するアスリートとしては苦しい状況だった。それでも、想像以上に早くレースに復帰できた彼の回復力・精神力と、喜びに溢れる姿を見れるだけで安堵した。少しづつレースにも慣れていけよう願っていた。集団で走るのはまだ少し怖がって見えたから。

それは東京オリンピックのレースの少し前。ツール・デ・ワロンヌ。前日の第1ステージは因縁のフルーネウェーフェンがヤコブセンの目の前で復活の勝利を遂げていた。第2ステージ、クイックステッププロトンの先頭で主導権を握っている。今日は勝負の日か?ドキドキしながら情報を追いかける。ウルフパックのツイッターで勝利の様子が流れた時、深夜にもかかわらず喜びが爆発した。あの事故から1年経たずにレースで勝つ日が来るとは。信じられなかった。涙で画面がにじんだ。

迎えたブエルタ・ア・エスパーニャ第4ステージ。ゴールに向かう混沌とした集団の中、ヤコブセンはゆるいコーナーを内側から抜け出して、誰よりも速くゴールまで駆け抜けた。ステージ優勝!「これで僕のカムバックは終わりだ。落車からここまでの道のりは長かった。治療に尽力してくれた医療スタッフ、第2の家族であるチーム、すべての人に感謝する。これは彼らの勝利でもあるんだ」最後までトレインを組んだチームメイトには、事故時の応急処置による命の恩人セネシャルもいた。ヤコブセンはもう涙を流さなかった。自信をみなぎらせて走る姿も表情も、すっかりエーススプリンターのそれになっていた。この後のブエルタで3勝し、マイヨプントスも手に入れる。

 

 

 

今年も活躍が期待される復活した主役候補たち。ウルフパックが3人もいるのは、やはりそれだけ印象深い活躍をしたシーズンであり、チームが彼らを信じていたからだ。常勝軍団の仕事ぶりに今年も期待する。