ロードレースみるひと

ロードレース観戦ガイドのブログ

狼たちが輝いていた季節

 

桜の花は美しい。咲いている時間が短いから、より一層尊いと感じるのだと思う。打ち上げ花火の煌めきも、その儚さとは無縁ではない。

彼らを応援した眩い日々も、僕にとって思い出になりつつある。

 

 

今年の最後のブログは、僕がいままで一番好きだったチームについて。レースの話よりも、僕自身のことを書いてることをお断りしておく。

*昨年は一番応援する選手のこと

 

 

彼らの事を話す前に、僕のちょっと変わった応援スタイルの話をしよう。

一般的なのは、特定の贔屓のチームを応援するか、チームではなく好きなライダーを応援することが多いと思う。僕は、毎年応援するチームが変わる。あるいはレース毎に変える。具体的には「2023年はグルパマFDJを応援しよう」とか「ロンドはアルペシン勝って!」みたいな。そういうスタイルになったのは、できるだけフラットに多くのチームやライダーを応援したいから。僕はプロ野球では長年応援するチームがあって、それだけ熱が入る分、贔屓の調子が良くないと面白くない。ロードレースを見る時は、そんな気分を避けたかった。どんなレースも誰が勝っても楽しみたいんだ。

好みには傾向がある。キーワードは「積極性」と「知性」。「強さ」や「派手さ」は二の次。チャレンジする意思が強いライダーがいい。戦略や駆け引きに長けてるチームがいい。「積極性」で言うと、ゴール前に差し切られても逃げにチャレンジするタコさんや、追走集団で牽制せず先頭を引くキュングのメンタルが好きだ。「知性」ではモホリッチのようなインテリジェンスを感じるライダーに惹かれる。集団スプリントなら、何キロも手前からトレインを組んで絶妙な位置取りとタイミングでエースを発射して勝つチームを応援するし、そのエースをマークして背後から抜き去るクレバーなライダーにも拍手する。つまり結果としての勝利よりも、彼らのプロセスやスピリットを重視している。これらは、共感してくれる人も多いと思う。

ただ体力に物を言わせたり、運だけで勝つようなレースは魅力を感じない。厳しい山岳ステージでド本命が悠々と勝っても「ふーん、やっぱり強いね」としか思わないし、集団スプリントで半分くらい落車に巻き込まれたりするレースは興醒めしちゃう。追走集団で牽制して追わなかったり、ローテーションに入らない選手は、たとえ勝とうが応援はしない。

 

そんな僕が今までに最も情熱を持って応援したチームは、“ウルフパック2021”だ。彼らの魅力溢れる個性に加えて、振り返ってみると様々なファクターもあったと思う。

 

2021年は、前年に発生した世界的なパンデミックにより、外出自粛など様々な制限を受け、僕らも多くの犠牲を払っていた頃だ。毎日不安と緊張で過ごし、メディアもネットも信用できない噂や情報に溢れ、終わりの見えない閉塞感が漂っていた。職場や学校や公共機関も混乱し、家庭すら逃げ場にならなかった。結婚式や見舞いにも行けず、親しい人たちに気軽に会うこともままならなくて、身近な人が発熱すると大騒ぎ。わずか数年前の記憶は生々しい。僕自身も生活環境に大きな影響を受けた。在宅の時間は長くなり、ニュース番組の偏向報道にも嫌気が差し、結果的にロードレースを見る時間は増えた。それは唯一の楽しみというか、大袈裟かもしれないけど僕の“心の拠り所”にもなった。

ロードレース界も大変だった。レースの中止や、開催に漕ぎつけても無観客で、メディアも選手たちに直接接触できなくなり、検査や対応にも苦労した。感染したライダーはさぞかし恐怖だっただろう。

その2021年にドゥクーニンク・クイックステップという名前だったチームは、“ウルフパック(狼の群れ)”と呼ばれ、長年に渡り最強チームとしてプロトンに君臨していた。僕は基本的に天邪鬼気質なので、人気チームに惹かれることは少ないのたが、彼らは特別だった。自分のバイクがスペシャライズドなのも愛着を感じた理由のひとつ。彼らは本当に強かった。でも僕にとっては勝利よりも、その“レーススタイル”が魅力だった。集団で挑む“狩り”のように、積極的に仕掛けてレースを動かす。チームの勝利のために全員が自己犠牲を厭わない。プロトンの目立つ場所にはいつもブルーのジャージがいた。得意とした春のクラシックレースを中心に年間で65勝し(2位のイネオスが36勝)、UCIランキングのTOP100に11人も送り込み、優勝したライダーが18人もいたことが“狼たちの群れ”である証明だ。アルカンシェルを着た眩いスーパースターのアラフィリップ、前年にサガンからマイヨヴェールを勝ち取った優しすぎるスプリンターのサム・ベネット、トラックで無双する金メダリストで最強リードアウターのモルコフ、石畳に強い頼れるイケメンのセネシャル、3人分の働きで年間ベストアシストに輝いたデクレルク、などなど…。

以下、当時のチームメンバーをリスペクトし全員記載する(アルファベット順)

 

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ジュリアン・アラフィリップ

ホアン・アルメイダ(2022〜 UAE)

シェーン・アーチボルド(2022〜 ボーラ ≫ 引退)

カスパー・アスグリーン

アンドレア・バジオーリ(2024〜 リドル)

ダヴィド・バッレリーニ(2024〜 アスタナ)

サム・ベネット(2022〜 ボーラ ≫ AG2R)

マッティア・カッタネオ

レミ・カヴァニャ(2024〜 モビスター)

マーク・カヴェンディッシュ(2023〜 アスタナ)

ティム・デクレルク(2024〜 リドル)

ドリース・デヴェナインス(2023 引退)

レムコ・エヴェネプール

イアン・ガリソン(2022〜 クラブチーム?)

ホセアルベルト・ホッジ(2022〜 UAE)

ミケルフレーリク・ホノレ(2023〜 EF)

ファビオ・ヤコブセン(2024〜 DSM)

イーリョ・ケイセ(2022 引退)

ジェームス・ノックス

イヴ・ランパールト

ファウスト・マスナダ

ミケル・モルコフ(2024〜 アスタナ)

ピーテル・セリー

ステイン・スティールス(2022 引退)

ヤニック・シュタイムレ(2024〜 Q36.5)

フロリアン・セネシャル(2024〜 アルケア)

ベルト・ファンレルベルフ

スタン・ファントリヒト(2024〜 アルペシン)

イラン・ファンウィルデル(2021途中加入 )

マウリ・ファンセヴェナント

ヨセフ・チェルニー

ゼネク・スティバル(2023〜 ジェイコ ≫ 引退)

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薄いブルーの選手は移籍や引退でチームを離れた。たったの3年の間に、当時のメンバーはわずか1/3に。もはや別のチームである。セネシャルは退団後のインタビューで「もう自分が好きだったチームではなくなった」と語ったが、僕も同じ心境だ。

その中でも特別にエモーショナルだった3人について語る。

 

一人目は、マーク・カヴェンディッシュだ。かつての最強スプリンターは3年間も勝利に見放された。2020年の最終レースを涙を流しながら終えて引退を示唆し、苦悩を抱えながらも、2021年は古巣のウルフパックに復帰。4月のツアー・オブ・ターキーで3年ぶりに勝利し嬉し涙を流した。そのまま勢いに乗ると、不調のエースのサム・ベネットに代わりツールへ出場。そして3年ぶりの歓喜!何という勝利!あのゴールの瞬間は鳥肌が立ったし夜中なのに変な声を出しちゃった。モルコフやアラフィリップたちと何かを喚きながらハグしまくるカヴ。祝福する因縁のサガン。彼はその後ステージ4勝をあげて歴代最多34勝に並び、2021年は10勝をあげた。

 

二人目は、レムコ・エヴェネプール。“神童”と呼ばれて華々しいデビューを飾り、数々の最年少記録を塗り替えたレムコは2020年のロンバルディアで下りのカーブを曲がりきれず橋から落下、骨盤骨折など重傷を負った。選手生命が絶たれてもおかしくない程の怪我から、辛いリハビリを耐えて8ヶ月ぶりの復帰レースとなったジロでも落車した。恐怖感を払拭するのに時間がかかるかと思ったら、6月の母国ベルギーツアーで復活勝利。なんというメンタル!勝利こそ何よりも彼の特効薬であった。2021年は後半だけで8勝をあげた。

 

最後の3人目は、ファビオ・ヤコブセン。前年にレース中の事故で生死を彷徨った彼も驚異的な回復力を見せて4月のターキーでレースに帰還。あの時の喜びは今でも震えるほどだ。それから3ヶ月間は100番台でフィニッシュ。レースに馴染み、恐怖心を取り除くためのプロトン後方での位置取りだった。そして迎えた7月のツール・ド・ワロニーの初日、事故後初めて集団スプリントに参加し21位でゴール。優勝したのは因縁の相手フルーネウェーヘン。ヤコブセンの闘志にスイッチが入ったのがわかった。そして翌日のstage2に、遂に復帰後の初勝利。あの夜、涙は温かいものだと知った。おそらく今後も、この勝利ほど僕が感動するレースはないと思う。その後のブエルタでリードアウトを務めた相棒のセネシャルと一緒に大暴れしたのも嬉しかったなあ。ヤコブセンは2021年、2ヶ月間で7勝した。すべて笑顔の勝利だった。

 

僕は彼らから「苦難に打ち勝つ意志」と「どんな時も諦めないこと」を教わった。2021年のコロナ渦の社会を生き抜く勇気を貰った。少しも大袈裟ではなく、彼らの姿は僕の心に、芯から響いた。

 

*彼ら3人については過去記事も。

 

 

 

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記事はここで美しい思い出のまま終わらせた方がきっと良いのだと思う。

 

残念ながらチームはこの秋に激変の時期を過ごした。最終的に立ち消えになったが、ユンボへの身売り話(合併と報道されたが実質の買収)に揺れた。このオフに多くのライダーが退団するのも無関係ではないだろう。もともとはチームの名物GMであるルフェーブル氏の終活の一環でもあり、イネオスへの身売り他、様々な話題が折りに触れ報道されている。今回は現メインスポンサーのスーダル側が、来期のスポンサーを確定していなかったユンボに色気を出しておかしな話を持ち込んだのがきっかけ。クリアできない問題が多い無茶な話だったので拗れたと想像している。

 

ただ身売り話がなくても、ここ数年は良くも悪くも、どんどん「レムコのためのチーム」になっていくことへ個人的には違和感がある。自転車大国ベルギーの最大級のスターとして才能もリザルトも影響力も疑いようはないが(僕も好きなライダーで応援している)、チームカラーが全てレムコ一色に染まってしまうのは、かつての“ウルフパック”という戦闘集団としてのアイデンティティは失っている。「一番勝てるライダーを選択する」のではなく「レムコを勝たせる」がチームの共通認識なのだ。このオフで当時の狼たちがごっそりと抜けてしまうのを見て、僕には希望よりも悲しみのほうが大きい。だけどそう感じるのは、ただの僕のノスタルジーなのかもしれない。チームには常に新陳代謝が必要だし、時代に合わせて変化していくチームが生き残れる。2024年は新しいメンバーで別の魅力溢れるレースを見れてくれるかもしれない。そうであることを願う。“ウルフパック”はいつまでも、“ウルフパック”であってほしい。

 

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蛇足かもしれないが、最後に2021年の主要レース成績も記載しておく。どれだけすごいチームだったかを伝えるには十分だと思う。

◎年間65勝(ワールドツアー25勝)

◎UCIチームランキング1位

 

◆主要レース成績

UAEツアー区間2勝(サム・ベネット

ストラーデビアンケ:2位(アラフィリップ

オンループ・ヘットニュースブラッド優勝(バッレリーニ、7位(セネシャル

パリ〜ニース区間2勝(サム・ベネット

ティレーノ〜アドリアティコ:総合6位(アルメイダ

ボルタ・ア・カタルーニャ:総合7位(アルメイダ

ブレッヘ・デパンヌ優勝(サム・ベネット、8位(モルコフ

E3サクソバンク・クラシック優勝(アスグリーン、2位(セネシャル、5位(スティバル

ドワーズドール・フラーンデレン:4位(ランパールト、9位(セネシャル

ロンド・ファン・フラーンデレン優勝(アスグリーン、9位(セネシャル

アムステルゴールドレース:6位(アラフィリップ

ラ・フレーシュ・ワロンヌ優勝(アラフィリップ

リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ:2位(アラフィリップ

ツール・ド・ロマンディ:総合3位(マスナダ

ジロ・デ・イタリア:総合6位(アルメイダ

ツール・ド・スイス:総合9位(カッタネオ

ツール・ド・フランスポイント賞ステージ4勝(カヴェンディッシュ

サンセバスティアン:3位(ホノレ、6位(アラフィリップ

ツール・ド・ポローニュ総合優勝区間2勝(アルメイダ

ブエルタ・ア・エスパーニャポイント賞ステージ3勝(ヤコブセン

ブルターニュ・クラシック:2位(アラフィリップ、3位(ホノレ

パリ〜ルーベ:5位(ランパールト

イル・ロンバルディア:2位(マスナダ、6位(アラフィリップ

 

*以下はクイックステップとしてではないが、

欧州選手権RR:2位(レムコ

欧州選手権ITT:3位(レムコ

世界選手権RR優勝(アラフィリップ

世界選手権ITT:3位(レムコ

 

なんというチーム。

ありがとう、ウルフパック。