ロードレースみるひと

ロードレース観戦ガイドのブログ

サラブレッドとモンスターの幸運な邂逅

 

今回は、永遠のライバルと呼びたくなるスーパースター二人の話をしたい(別にハロウィンだからモンスターと言いたかったわけではない)。

ただ競技として争うだけではなく、何かと比較され、互いに強烈に意識し合うような関係。競争相手、好敵手。

スポーツ界の強烈なライバル関係でパッと思いついたのは、アイルトン・セナアラン・プロストだ。F1の世界にとどまらない歴史に残る激熱のライバルである。(『プライド』という映画にもなったニキ・ラウダジェームス・ハントも捨てがたい)

 

ロードレース(とシクロクロス)で、その二人に匹敵するライバル関係に思えるのが、マチュー・ファンデルプールワウト・ファンアールトだ。同年代でクラシックレースを中心に活躍する二人はどうしても比較されることが多くなる。

二人のライバル関係はシクロクロスのジュニア時代から続いている。一例でシクロクロス世界選手権の二人の成績は以下の通り。*2012・2013年はジュニア、2014年はU23、2015年以降はエリートクラス、2022年は二人とも不参加

2012年 1位マチュー/2位ファンアールト

2013年 1位マチュー/3位ファンアールト

2014年 1位ファンアールト/3位マチュー

2015年 1位マチュー/2位ファンアールト

2016年 1位ファンアールト/5位マチュー

2017年 1位ファンアールト/2位マチュー

2018年 1位ファンアールト/3位マチュー

2019年 1位マチュー/2位ファンアールト

2020年 1位マチュー/4位ファンアールト

2021年 1位マチュー/2位ファンアールト

2023年 1位マチュー/2位ファンアールト

ファンアールトは2位が多いことでも有名なのだが、マチューのせいでもある。実際マチューがいなければ、勝っていたレースは相当な数になる。今年のシクロクロスとロードレースの両方でアルカンシェルになったのはマチューだが、ファンアールトがどちらも2位だった。ファンアールトのファンにとっては歯ぎしりもしなくなるところだが、それでも僕はファンアールトにとってマチューがいたのは不幸ではなく幸運だったと思う。もちろん、マチューにとっても。

 

このブログではいつも割と数字を元に語るようにしてるけど、今回は敢えて抽象的な内容に終始してみたい(つまり、ほぼ主観)。物事は常に新しい事にチャレンジしないとね(謎の前置き)。

話の前にひとつだけ、選手の呼び方についての僕のこだわり。基本的にはメディアで使われる一般的な呼び名を使用(SNSやブログも公共の場だと思うので、よくわからないあだ名みたいなのは失礼に感じる)しつつ、誤解を受けにくいよう心掛けてる。マチューは兄のデヴィッド・ファンデルプールがいるのでファンデルプールとは呼ばないし、ファンアールトはワウトだとワウト・プールスと混同しちゃうのでファンアールトと呼んでいる。

 

まずは、自転車レース界に愛されるサラブレッドから。

マチュー・ファンデルプールは現在28歳(1995.1.19生まれ)のオランダ人。185cm・75kg。祖父がフランスで最も愛されたフランス人自転車選手で、その娘婿となる父親はシクロクロスの世界王者になったオランダ人という超サラブレッドの家系だ。今年引退する兄もプロサイクリストだった。現在はベルギーのチームに所属し、ベルギー在住。つまり、フランスオランダベルギーというヨーロッパでの自転車大国3カ国全ての自転車レースファンから応援される要素を持ち合わせている。これがまず多くの人々から愛される理由のひとつ。

大柄で手足も長く、自転車選手にしては逞しい上半身は肩から大胸筋にかけて発達し見栄えのする体型は滑らかなギリシャ彫刻のようである。通常は登坂向きではない体つきなのだが激坂にも強い。シクロクロスで培った技術や天性のバランス感覚を使ってがむしゃらにダンシングする姿は躍動感に溢れ、生命力に満ちている。彼の走る姿は、それだけで僕には“眼福”なのだ。好きにならずにいられない(二度目)。彼の走ってる姿に、しなやかな獣を僕はイメージする。獲物を見つけて飛びかかっていくヒョウのような、集中力と瞬発力が漲る雄々しさ(サラブレッドといいながら獣というのもなんだけど)。

そのレーススタイルは、とにかく「全力を出し尽くす」ことが特徴で、走り終えたあとに倒れ込むシーンも多く目にする。自分でヘルメットを取ることもできず、スタッフがドリンクを差し出しても受け取る力もない。いわゆる“フルガス”である。マチューほどわかりやすく全身全霊を尽くすライダーはいない。一塁にヘッドスライディングする高校生のような一途な懸命さは、応援したくなるというものだ。好き(三度目)。

それでいて、レースが終わると見せる柔らかな微笑みは無垢な少年のようで、あれにメロメロになる女性ファンも多いはずだ。好奇心に溢れて輝くブルーの瞳、口角があがった頬骨の角度。真っ白い歯。男の僕だって惚れてまう(何回目かわからない)。

ロードでは基本的にクラシックと呼ばれるワンデーレースが主戦場だ。すでにモニュメントは『クラシックの王様』ロンド・ファン・フラーンデレンと、『クラシックの女王』パリ〜ルーベに、ミラノ〜サンレモと、3つも手に入れている。更にステージレースでも見せ場はきっちり作るあたりもスター性を如何なく発揮する。初めて出場したツールではstage2で早くも優勝しマイヨジョーヌを着たり、翌年出場したジロではstage1で優勝しマリアローザも着用した。黄色もピンクも、とても似合う。今年のツールではアシストに徹し、マイヨヴェールに輝いたフィリプセンのステージ4勝をお膳立てする抜群のリードアウトもこなした。大舞台でのわかりやすい強さや活躍もスーパースターと呼ぶのにふさわしい。

 

 

マチューと比較すると、ファンアールトは体育会系や軍人のような香りがする。屈強な身体とメンタルに加えて、規律に従う組織人のようなイメージがある。

ワウト・ファンアールトは現在29歳(1994.9.15生まれ)のベルギー人。190cm・75kg。生粋のアスリート。フィジカルはファンアールトの方が一枚上手で、まさにモンスタークラスに思える。例えばサッカーやバスケでも、陸上や格闘技でも一流になれたのではと感じるのは、僕だけではないだろう。ロードレースでの特徴はオールマイティーさ」であり、全てが非常に高いレベルで兼ね備えていることだ。スプリントでも勝てるし、タイムトライアルはトップレベル、パヴェやグラベルも得意、その上クライマー並に登坂力も備え、トータルの能力の高さでは、マチューに限らず比較対象になる選手は見当たらない(敢えて近い能力を有する選手を探せばマッズ・ピーダスンやガンナあたりだろうか)。モニュメントで勝利したのはミラノ〜サンレモだけだが、ロンドもルーベもリエージュも全て表彰台に入り、2020以降は11回出場して全てトップ10に入っている。ツールでの活躍ぶりは凄まじく、マイヨヴェールが山岳ステージの終盤で先頭を引くなんて見たことがないし、今後も見ることはできないだろう。特に2021年の活躍ぶりは一番わかりやすい。魔の山モンヴァントゥを2回登る厳しい山岳ステージを優勝すると、タイムトライアルでも勝利し、最終ステージのシャンゼリゼで集団スプリントで勝利。なんでもありである。

ルックスもマチューに引けを取らずに魅力的だ。射抜くような眼差し、やや角張った顔も精悍さを際立たせ、闘志が漂う勇者の趣き。タイムトライアルなどで見せる前方を凝視する目線は獲物を見据えた猛禽類を想起する。体格もマチューに遜色ないレベルの逞しさだが、逆三角形の上半身のマチューに対してファンアールトはなで肩。空気抵抗を受けにくいため自転車選手としてはファンアールトの方が向いている。そしてパンパンに発達した太腿から大臀筋によって加速力は生み出される。マチューのような躍動感はないが、しっかりトルクをかけてのシッティングでの登坂力や、重心を感じさせるフォームは強靭な体幹と並外れたバランス感覚の賜物である。

それでいて、レース直後に応援に来た息子にデレデレだったりすると兵士の休息みたいで、とても癒される瞬間である。

 

 

ちなみに、もし僕が億万長者でロードレースのチームを作るとしたら、一番先に欲しい選手は迷わずファンアールトを選ぶ(この二人に限らず全選手の中で)。

それは彼が勝てるライダーというだけでなく、真の意味でオールラウンダーと呼ぶべき選手だからだ。そしてチームのために働く時が、彼の価値を更に際立たせる。山岳アシストもスプリントのリードアウトもトップクラスであり、遅れたエースを追いつかせるための牽引は笑っちゃうほど凄まじい。彼が一人いるだけで戦術の選択肢が多くなり、苦境でもなんとかしてしまう対応力もチームには大きな武器になる。それはスキルがあるだけでなく、彼のチームワークを重んじるハートや戦術を理解するセンスも、頼りになる。ひとりで3人分は働く。だが、そんな献身的な姿勢と能力が、時に彼の勝利の邪魔もする。モンスターとはいえ体力には限りがある。今年の世界選手権でいえば、マチューと比較すれば、ツールで山岳に費やした疲労の蓄積(途中棄権したとはいえ)に加え、ロードにもタイムトライアルにも出場するというハンデキャップを背負っていたとも言える。マチューは適度にサボれるが(言い方はよくないが)、ファンアールトには休めるレースはない。その差は二人の所属するチーム事情でもあり、ライダーとしての適正の問題でもあり、勝利数にも影響していると思えてならない。

 

 

この二人は、どちらにとっても最大の敵だけど、一人だけだったらここまでの高みに到達できていなかったと思う。例えば、昨季シクロクロスではファンアールトは14戦して9勝(他は全部2位)だが、マチューがいなければ全勝していた(逆にマチューもファンアールトに6敗)。そんな状態になったら、モチベーションも向上心も消えてしまうのではないか。ライバルに負ける悔しさが、彼らの成長を促して、僕らにもっと面白いレースを提供してくれるのだと思うのだ。

ロードもシクロクロスも戦う彼らに完全な休息はない。1年のピークは、年末から1月にかけてのシクロクロスと、3〜4月の春のクラシック、そして7月のツールや9月の世界選手権あたりで、それぞれの合間に少し休むだけ(トレーニングだったりもする)。二人とも今が選手としては一番油が乗ってる時期だ。できることなら少しでも長く、怪我なくうまく休みをとってもらい、この対戦を見続けていたい。

 

ちなみに人気面でもライバル関係は拮抗していると思われる。二人のSNSのフォロワー数は、マチュー:X22万/インスタ107.7万ファンアールト:X29万/インスタ105万人。個人的な印象では、マチューには老若男女全般にファンがいて、ファンアールトには熱狂的な男性ファンが多いと感じている。

 

 

僕はこんな夢を見ている。

彼ら二人がいつまでもトップレベルで競い合いながら、いつの日か引退するときが来る。そして二人は過去のレースの思い出話を、微笑みながらゆっくりと語り合う。そんな贅沢な対談を、夢想してみる。彼らの傍らには、二人によく似た少年たちがいる。その少年たちが、次の時代のライバルになる。『永遠のライバル』だ。僕たちは自分の子供や孫に「マチューとファンアールトがどんなに素晴らしい選手だったか」を存分に語る。そんな文化が日本にも訪れたら、幸せだと思わないかい。