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ロードレース観戦ガイドのブログ

怪物と神童(ポガチャル vs レムコ)

 

2023年の4つめのモニュメント『リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(以下LBLと略)』は、今年のレースのハイライトのひとつになるだろう。当代きっての傑物ふたりの2023年初直接対決だ。その大一番の対決を迎えて、二人の比較をしてみた。

ちなみに現時点では二人の直接対決の予定は今年はない。この後レムコはジロに、ポガチャルはツールに向かう(世界選手権で対決しそうだが)。

 

タデイ・ポガチャルレムコ・エヴェネプールは現在最強のライダーといえる存在だ。これは僕の意見ではない。例えばLBLのレース前に優勝候補と呼ばれるトップライダーがインタビューで「ポガチャルとレムコはちょっと別格だろうね。きっと激しいレースになるから観るのは楽しいと思うよ」なんて答えてしまっている。

 

二人の対戦成績は、お互いの特徴がよく出ている。ここまでワンデーレースでは5勝5敗と全くの互角(ポガチャルの勝率が落ちるのはおそらく3人しかいない)。現在は昨年のサンセバスティアン、世界選手権とレムコが連勝中。ステージレースではポガチャルの1勝(対決は2022年のティレーノ〜アドリアティコのみ)で、タイムトライアルはレムコの4戦全勝。二人とも現在はスーパーオールラウンダーとも呼びたくなるような脚質だが、どちらかというとポガチャルはGC向きのクライマーで、レムコはワンデー向きのTTスペシャリスト。それが進化して現在に至っている。そして恐ろしいことに(褒めてる)どちらもまだ進化途中なのである。

レースの成績で見るとどちらもプロ5年目で、ポガチャルは通算58勝:レムコは通算40勝とポガチャルの方が勝利数は多いが、レムコは8ヶ月も怪我により離脱していた時期もあることを考慮するとそれほど大きな差はない。また年齢ではレムコは2歳下で、同じ年齢で比較するとレムコの方が勝利数は多くなる。ポガチャルの方がツールをはじめ勝っているレースがメジャーなものが多く勝ち方も派手なので、ニュースになったり注目されやすい傾向はある。やっぱりマイヨジョーヌの露出は多いからだ。今年の成績を比較するとポガチャルは18レースを走り、すでに12勝(総合含む)と驚異的な勝利数。このままいくと一年が終わる頃には歴史に残るような記録的な成績を残すかもしれない過去最強のシーズンを送っている。一方レムコは4勝と決して悪くないのだが、ポガチャルと比較すると勝利数では差がある。現在の力ではややポガチャルに分があるだろうか。

 

二人とも、過去にあまり例のないほど早熟の天才型の自転車選手だが、そのタイプにはかなり違いもある(なおエビデンスがあるわけではなく、僕の主観で記載するのはご容赦ください)。

ポガチャルは、自転車選手になるために生まれてきたような人種だ。もともとは優れたクライマーで、上り坂で他の選手に差をつけられるのが最大の強みで、かつ非常にタフでクレバーだ。出場したレースでのKOM(登坂のセグメントを1位通過)を記録してしまうレベルのクライマーだ。以前どこかの記事で読んだ記憶があるのだが、筋肉の乳酸除去能力が常人よりも10%以上も高いそうだ(ちなみにサガンも同じ体質の選手である)。どういうことかというと、登坂で脚の筋肉を使ってしまい回復するのに10分かかるところを彼は8分くらいで回復してしまうのだ。彼が見せるゴール前のスプリント力も、その恩恵もあるだろう。またスロベニア生まれということも影響があるのか、高地や寒さなどの厳しい環境にも強い。だからアップダウンの激しい体力を消耗するステージや、寒さが厳しい高い標高の山頂ゴールなど、レースが過酷になればなるほど強い。また器用で感覚的になんでもこなせてしまうのだろう。幼少期から自転車に慣れ親しんでいたこともあり、乗り方(バイクの扱い)が天才的に上手くて落車なども少ないし、荒地や石畳も苦にしない。実際ポガチャルはシクロクロススロベニアチャンピオンにもなったことがあるほどだ。

そこにTT能力を向上させてステージ総合の成績を伸ばし、頭脳的なレース運びも得意であり(アタックのタイミングや位置どりのうまさ、レース展開の読みや駆け引き、アシストへの指示など)、経済的にも恵まれたUAEチームのおかげもあって(スタッフやチームメイトを潤沢に揃えられる)、その有り余る才能をどんどん昇華していってる。さらにすごいところはすでに誰から見ても別格の強さがあるにもかかわらず、いまだに向上心が半端ない。彼の年棒は約7億円と言われているが(ロードレース界では一番高年俸)、それに見合う価値はじゅうぶんあると思える。MLBでMVPをとってWBCで世界一になっても向上心が尽きない大谷翔平と同種のメンタルの人間だと感じる。

 

一方レムコは、ポガチャルと比べると少々不器用なタイプかもしれない。自転車選手としては有り余る体力に物を言わせてパワーとスピードで圧倒してしまうスタイルだ。ジュニア時代から高速巡航能力を生かして単独で勝ってしまうレースを繰り返してきたのは、それが彼にとっては楽な勝ち方だからだ。あの独特の上半身を前傾したエアロフォームによってタイムトライアルで好成績を残してきた。TTにおける勝率は世界一に2度なっているガンナをも上回り、史上最高である。つまりTTにおいてはロードレース史上最高の選手といって間違いではないレベルだ。一般的な認識ではタイムトライアルの強いライダーは大柄なタイプが多い。ガンナ(193cn)、キュング(193cn)、フォス(184cn)などだが、レムコは171cmしかないのだ。それでいてガンナと同じような大きいギアを使いTTを走りきってしまうパワー(脚力)とエネルギー(体力)がもはや化け物としか思えない。プロになると200kmを越えるようなレースではさすがにそのスタイルでは勝てない時期もあったが、その高速巡航能力を研ぎ澄まし、愚直なまでにアタックし独走するスタイルでワンデーレースであっても残り30kmはおろか50kmからでも抜け出してしまえば誰も追いつけない。世界選手権で見せた追走集団がタイム差を広げられてしまうというのは衝撃だった。

しかし、その独走力としては強みになる走り方は、逆にスプリントや登坂には向いていない。また石畳や荒地に弱いのもその前傾するフォームからくる不安定さが理由のひとつ。レムコの強みはレースによっては諸刃になる。現在はそれを改善すべく数年かけて苦手の克服途中なのである。去年のサンセバスティアンとLBLにおける勝利とブエルタ制覇は、登坂力が大きく改善された成果である。今年のいくつかのレースではスプリント力の大幅な向上も伺える。現在もジロに備えてスペインで高地トレーニング合宿中である。まだまだ成長の余地があることが恐ろしい(褒めてる)。

 

二人ともレースの終盤で独走してしまう勝ち方も特徴であるが、そのメソッドにも少し違いがある。ポガチャルは他の選手が着いてこれないような厳しい登りでアタックし、そのままタイム差をキープする展開が得意。今年のロンドやアムステルがまさにそのパターン。レムコは、集団の先頭で走っているうちに後ろがちぎれてしまい、そのままアタックを決めてしまう。ゆるめの長い登りや場合によっては平坦な場所でもソロアタックをしまうのだ。他の選手からはポガチャルは「ついていくのは無理」で、レムコは「ついていきたくない」と思わせているのではないだろうか。言い換えるとポガチャルは相手の肉体的な限界を突き、レムコは相手の気持ちをへし折るのだ。

 

この二人の独走パターンから見ると、LBLは厳しめの登坂が多いのでポガチャルの方がタイプ的にコースに向いている。仮にゴール前まで二人で抜け出してマッチスプリントになった場合も、スプリント力に長けているのはポガチャル。レムコが勝つにはどこかでポガチャルを振り切れないといけないが、ポガチャルはマークを徹底するだろう。それでもレムコは勝つために何度も何度も(性格的にも)アタックを仕掛けるはずだし、レムコの本気アタックにはポガチャルもついていくのは容易ではないはずだ。まあ、お互いにそんなことは百も承知だと思うが。

そうなると、アシストの動きも重要になってくる。アラフィリップがレースに帰ってくるのは(彼の調子が良ければ)レムコにとってはかなりの追い風になるに違いない。なにしろアラフィリップ以上のアタッカーはそうそういない。

 

◎二人の対決を軸にした春の大一番モニュメント『リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ』の出場選手はこちらの記事をご覧ください。

jamride.hateblo.jp

 

 

 

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最後に、二人のライダーとしての経歴を簡単に紹介しておく。戦績は2023年4月21日現在のもの。予定よりもかなり長く語ってしまったので、経歴不要な方は読み飛ばしてください。

 

タデイ・ポガチャル:1998年9月21日生まれのスロベニア人。身長は176cm、体重は66kg。実家はプリモシュ・ログリッチと1kmも離れていないご近所さんだとか。少年時代から自転車選手になることを夢見ていたそうだ。

若手の登竜門といえるレース、ツール・ド・ラヴニールを2018年に総合優勝し、翌2019年に20歳で現チームのUAEチームエミレーツでプロデビュー。同年ブエルタで総合3位になると、そのままトップ選手の仲間入り。2020年ツール・ド・フランスで総合優勝し、一気にトップスターになった。2021年のツールも連覇し2022年は総合2位、モニュメントは3種類合計4つ(RVV/LBL/ILx2)獲得している。東京オリンピックではロードレースで銅メダルを獲得。通算成績は、248レースを走り58勝。UCIランクは世界1位。若くして大成功し、ステージ総合を狙う選手でありながらクラシックにも強く、様々なレースに勝つことから伝説の選手エディ・メルクスと比較されることが多い。日本にはジャパンカップへの出場(2018年コンチネンタルチーム時代)と東京オリンピックで来日したことがある。本来なら2年続けてマイヨジョーヌを取ったので『さいたまクリテリウム』にも来日していたはずだが、コロナ渦での中止により実現しなかった。

プライベートでは、ウルシュナ・ジガートさんというパートナーがいる。彼女はチーム ジェイコ・アルウラーに所属するスロベニア人のプロサイクリストで、ポガチャルの2歳年上。マチュー・ファンデルプールとメル友(DMのやりとりする仲)だったり、マイケル・マシューズとは休日に一緒に過ごしていたり(ポガチャルが購入した車はマシューズがアテンドしたとか)、チームの垣根を超えて年上のトップ選手との交流もあることから、可愛がられているキャラだと想像できる。これだけ独占的に強い選手になっても嫌われないのは、珍しいのではないだろうか。普通、選手は強くなればなるほど敵も多くなるのだが。おそらくはポガチャルの性格なのだろう。明るさ、屈託のなさはインタビューなどでもよくわかる。またポガチャルの性格を知るのに有名なエピソードだが、彼は母国スロベニアにジュニアのロードレース育成チームを持っている(オーナーだ)。すでにある程度の成功をおさめつつあるほど機能していて、24歳という若さでそれだけの活動をしているのは尊敬に価する。選手としての成績だけでも立派なのだが、ひとりの人間としてもほんとうに優秀なのだろう。

 

 

レムコ・エヴェネプール:2000年1月25日生まれのベルギー人。身長は171cm、体重は61kg。父親もプロの自転車選手だったが、幼少時からサッカーをし、ユース年代ではベルギー代表のキャプテンを務めるほどの選手だったが、膝を故障し断念。それから自転車選手になる。始めた頃から強さは際立ち(サッカーで体力の必要なサイドバックをしていたので肺活量や脚力を培ったのだろう)、18歳でジュニアクラスのレースで無双する。世界選手権(RR・ITT両方)や欧州選手権(RR・ITT両方)をはじめ年間で36戦し23勝(総合含む)、自転車大国ベルギーで“神童”と呼ばれるようになる。

ベルギーの名門クイックステップに入り、19歳でプロデビュー。1年目からクラシカ・サンセバスティアンでの史上最年少ワールドツアー勝利を皮切りに様々な最年少記録を更新する。その勢いの凄まじさは、ウルフパックのオーナーのルフェーブル氏の寵愛を受け(ベルギー人であることも理由であるだろう)、スプリント&ワンデーレースのチームだったウルフパックに「レムコ班」と呼ばれる総合系のアシストたちを加入させてチーム丸ごと戦い方をシフトしてしまったほどその類まれな才能には疑いの余地はなかった。が、大きな転機が訪れる。プロ2年目の2020年も順調に活躍し(出場した4つのステージレースを全勝!)迎えたイル・ロンバルディアダウンヒルのスピード超過により橋から崖下に転落。10メートル以上の高さがあり、骨盤骨折や肺挫傷など選手生命を絶たれそうなほどの重傷を負ってしまう。少しでも落ち方が違っていたら生命を絶たれていたかもしれないほどの事故だったから、それでも不幸中の幸いだったかもしれない。弱冠二十歳で人生二度目の大きな試練を経験する(サッカー選手を諦めた時に続いて)も、懸命のリハビリを経て8ヶ月後にレースに復帰。しばらくはその時の恐怖もあってかダウンヒルにはかなり神経質になっていたのは無理もないだろう。

通算成績は217レースを走り40勝。UCIランクは世界3位。昨年はLBLで独走勝利し初モニュメントを獲得すると、初出場したブエルタで総合優勝しマイヨロホも手に入れ、その1週間後には世界選手権ITTで表彰台にあがり、さらに1週間後の世界選手権RRで独走勝利しアルカンシェルも手にした。性格は少々やんちゃなところもある。2年前に世界選手権へベルギー代表として参加したが、エースがファンアールトであることへの不満をマスコミに漏らして、ひと騒動起こしたりもしている。まあ、そういう生意気なところも実力があって言えることでもあるし、強気や負けず嫌いな部分はライダーには不可欠でもあると思うので(度が過ぎなければ)、個人的にはそういう部分も含めて応援している。あのファンアールトに喧嘩売るなんて、普通はできない・笑。ここ最近は大人になってきたようにも思える。昨年末には結婚し(パートナーはレムコが大怪我した時に献身的に支えていたところはヤコブセンみたいだ)、マイヨロホやアルカンシェルを手にしたことが、トップ選手としての自覚を促したように思える。

 

 

つらつらと書いてきたが、二人はまだ若い。現在24歳と23歳のライダーは、順調にいけば今後10年はロードレース界を先頭で引っ張っていってくれる。

 

2023年の大一番は、怪物と神童の対決の第1章に過ぎない。