ロードレースみるひと

ロードレース観戦ガイドのブログ

ユンボとクイックステップ 〜 チームの合併について思うこと 〜

 

先週末に飛び込んできたニュースは“爆弾”だった。

 

ユンボ・ヴィスマとスーダル・クイックステップが合併』。レース界の5本の指に入るビッグチーム同士。このブログを書いてる時点では(2023.10.4時点)正式な発表ではなく噂話レベルだが(複数のチーム関係者は合併の計画自体は認めている)、どんな形になるのか、選手たちの去就について等、詳細は不明であり、合併そのものがなくなる可能性も排除できない状況だ。例年ブエルタが終わるこの時期は、選手の移籍のニュースが盛んになり(毎年2割近い選手が入れ替わる)、ビッグネームの移籍や来期のチーム体制も話題になるが、このニュースはさすがに驚いた。今年グランツールのタイトルを制覇したチーム長年に渡り年間最多勝のチームの合併の影響は計り知れない。当該チームだけにとどまらず、レース界の勢力図も変えてしまうインパクトがある。何しろこの二つのチームがあげた今年の勝利数は65勝(ユンボ)と54勝(スーダル)で、1位と2位のトップチーム同士なのだ。

 

不確定な噂話に振り回されるのもどうかと感じるので、確定するまで静観するつもりだったが、先日クイックステップのイラン・ファンウィルデルの勝利インタビューが心に刺さった。彼はこの合併話を「Sh*t」と言った。イル・ロンバルディアの前哨戦でポガチャルやログリッチらの強豪を退けて勝利した後のインタビューで、である。公の場での明確な首脳陣批判であり、普通ならば許されることではない。チームのオーナーは名物GMのルフェーブル氏で、この合併話の中心人物の一人だ。ファンウィルデルの勇気ある発言は、自身や仲間(ライダー及びスタッフ)たちの不確かで不誠実な未来を憂いてのもので、名門チームであるクイックステップの存続」を強く訴えていた。当事者があげた初めての切実な主張だった。彼に敬意を表し、現状の合併関連の噂をまとめておく。

僕もチームの存続を願っているから──。

 

◎ファンウィルデルのインタビュー内容はこちら。

 

 

◆現時点での主な噂レキップ等大手紙の報道なのでそれなりに信憑性あり)

ユンボとスーダルが合併。新チームはユンボ主体。実質スーダルは買収(消滅)に近い内容の契約。

・スーダルの選手とスタッフには他チームと契約を認めると通達済。

・ルフェーブル氏も報道の大枠は認める。

・新チームにはアマゾンが参入(20-30億円のバジェット)。

*ただしアマゾンがタイトルスポンサーになることにはルフェーブル氏は否定的。

UCIからスーダルのワールドチームライセンスの譲渡は認めないと通達。このまま合併に至る場合、来期は1チーム少ない17チームになる。

UCIはチームに選手やスタッフとの契約の遵守を声明で言及。

・来期契約のある選手はユンボ:27人、スーダル23人(新加入予定を含む)

*1チームは30人が限度なので、20人は来期の契約がなくなる。

・元々ユンボは来年いっぱいでスポンサーを降りると発表し、新規スポンサーを募っていた。

*スケートチームとスポンサーは別問題で、どうなるかは不明。

・ログリッチは退団が決定的(ボーラが有力)。

・レムコは退団の可能性が高い(イネオスが有力)。

・どちらも下部育成チームを持っているが、状況不明。

・どちらも女子チームあり、状況不明。

・バイクサプライヤーの問題(サーヴェロとスペシャライズド)

スペシャライズドはサガンの引退に加えてレムコとアラフィリップも同時に失うようならマーケティング的には相当な痛手であり、黙っていないと思われる。

等が報道されるが、状況は流動的で日々情報は更新されている。

 

チームのスポンサー問題は、ロードレース界には風物詩のようなものだ(望ましいことではないが)。昨年もB&Bホテルズが消滅したし(プロチーム)、WTのスポンサーが3チームも変わった。今年もシーズン途中でトレック(トレック・セガフレードからリドル・トレックに)とDSMDSMフェルメニッヒ*スポンサー企業の経営統合による)と二つも変わった。

その背景にはロードレース界が抱える収益の構造的な問題がある。利益を顧みないスポンサーの好意(というかレース好きのオーナーの情熱といってもいい)によって成り立っている競技なのだ。他のスポーツのように入場料による収入、中継による放送料分配などがないことが大きな理由で、資金提供するスポンサーにはほとんど見返りがない。チーム運営にはワールドチームの平均で25億円ほどかかっている。近年はオイルマネーによるチームが存在感を高めている状態である(これはロードレースに限らずサッカーでいえばマンチェスター・シティパリ・サンジェルマンといったビッグチームが中東のオーナー)。チームでいえば、UAEチームエミレーツバーレーン・ヴィクトリアスジェイコ・アルウラーで、ユンボにも新スポンサーにサウジの企業の名前が一時上がっていて、今回の合併話も無関係ではなく、レース界の関係者たちはパワーバランスが崩れることを懸念している。

 

 

僕自身は、ここ3年程はクイックステップをチーム丸ごと応援していた。それなりにショックもあったが「ついに来たか」というのが正直な感想だ。ここ数年は毎年のようにチームの身売り話があったし、今年は「イネオスに買収される」「イネオスがレムコを欲しがっている」という噂が大きく話題に上がっていた時から、何らかの動きは予想していた。そしてヤコブセンが来期移籍するという話が決定的だった。あの事故の後もルフェーブル氏は「俺の息子だ」と特別な愛情を注いでいたヤコブセンを、選手として脂が乗ってる時期に放出することは、余程の事と思えた(生々しいことをいえば、事故についての賠償やらの何らかの区切りがついたとも考えたが)。ヤコブセン以外にも来期に向けての主力が離脱していたし(バジオーリ、シュミット、ヴァーノンと活躍し始めた若手の放出と、モルコフ、デクレルクといったチームの屋台骨になる選手とも未契約)不安を感じる動きも多々あり、チームには消滅に向かっている多くの前兆があった。

個人的には「来年はDSMを応援する」と決めていたし、そもそもチームを応援していた理由はヤコブセンがいたからだし、まあいいかと、半ば諦めに近い感情である。なんとなく、来年末あたりにイネオスの買収はありえるな、と感じていたくらい。あとは選手たちの去就だけが心配なのだ。ほんとにナイスガイが多いから…。だから、クイックステップが残ることが可能なら、彼らのためにそちらを望む。

 

世間の関心が高そうなグリッチについては、個人的には移籍は当然と感じている。今年のジロ制覇でログリッチユンボでできることは全て成し遂げたと思ったし、彼の選手としての悲願は“マイヨジョーヌの獲得”だけだが、それはユンボでは難しい。ツールを連覇したヴィンゲゴーの総合エースは揺るぎない事実だ。サブエースとして出場し、ヴィンゲゴーが調子が悪ければチャンスがあるというレベルでは、納得できないだろう。ブエルタでチーム内での立ち位置を再確認し(そもそも今年ジロ組だった)移籍願望は決定的になったのだと思う。ヴィンゲゴーもエースとして独り立ちしたし、ブエルタではお互いにちょっとやり難そうにも見えた(ぎくしゃく、というかリスペクトし合っているからこその遠慮のような雰囲気)。ゴール後にどちらもクスとはハグしていたけど、二人のハグはほとんど見た記憶がない。ブエルタが始まったばかりの頃に「ログリッチ代理人がリドル・トレックと接触」という報道が出た時も、僕は可能性は高くなくてもあり得る話と思った(ユンボファンにはありえないと当時は一蹴されたけど)し、「No risk, No glory」と名言を残したログリッチにふさわしい選択だと思っている。

まあ、ファンの気持ちはわかる。ログリッチがいなかったら、ユンボはここまでのチームにはならなかったと思う。チームの弱小といっていい時期を支えて、リーダーとして自らも勝利しながら(チーム歴代1位の74勝)、チームとしての成長・成功を促した、ユンボにとっての最大の功労者である。でも、だからこそ、ユンボファンにはログリッチの新天地での活躍を、彼が夢を叶えることを願って送り出してほしいと思う。あとは彼にとっていいチームに移籍することだ。

 

 

昔の話だけど、日本のプロ野球オリックス・ブルーウェイブと近鉄バッファローズが合併した時の話を思い出した。新チームのファン数は足した分増えるかと思えば、逆に減ったのだ。状況もファン層も違うので比較するのは無意味だけど、ユンボクイックステップも離れてしまうファンもいると思う。愛着のあるチームというのは、そういうものだ。

 

どちらにしても遅くても10月19日前後には、はっきりとした公式な発表があるはずだ。その日はUCIの来期参戦するチームのライセンス審査の一般公開日である(15日が書類提出日)。

現時点では、両チームとも存続する可能性もまだ残されている。ファンウィルデルが訴えた勇敢なチーム愛は人々の心に響いたし、多くのレース関係者もロードレースファンたちも望んでいることだと思っている。幸せになる人よりも不幸になる人の方が多い合併にはなってほしくない。チームの消滅はいつも一番寂しい出来事だ。

 

 

*と、ここまで書いてブログにアップしようとしたら、また新しい動きがあった。ルフェーブル氏が、クイックステップのライセンスを使用して別の新チームを作ると。それは合併チームから漏れる選手・スタッフ・スポンサーの受け皿になるチームだと。むむむ…。彼らしい動きとも思いつつ、振り回される人々は落ち着かない…。

まだ様々な事の先が見えず、予断を許さない。静かに見守りたい。