ロードレースみるひと

ロードレース観戦ガイドのブログ

パリ〜ルーベ 2023|リザルト

 

4月9日に開催されたパリ〜ルーベ。今年も『北の地獄』は実にドラマチックなレースだった。観ている側としてはエンタメとしてスペクタルを求めてしまうが、アクシデントは望んではいない。が、いつだって不幸は襲いかかってくるし、その残酷な“地獄”のすぐ隣には“天国”もある。──

 

冒頭からで恐縮だが、このブログを書くにあたってこのレースで生じた疑問が僕の中で消化できなくて、時間がかかってしまった。それについては「その他・雑感」で記載しておく(ちょっと長い)。その疑問とは「17対10」という数字についてである。

*表内の選手のUCI世界ランクと年齢は2022年12月末時点。

 

 

 

 

◎レース結果:トップ10

マチュー・ファンデルプールは、何もかも持っているんだろうか。パリ〜ルーベを勝つには特別なものが必要になる。荒れた路面でも確実にトルクをかけて猛スピードで駆け抜けるスキルや脚力と、段差でハンドルを取られない腕力と体幹バランスと、最後まで諦めない根性を持ったライダーだけが完走できる。その上でレースに勝つには、常に集団の前方にいてレースを動かす積極性と、勝負どころを見極めるセンスと、頼りになる最強のチームメイトと、アクシデントさえ遠ざけるような強運が必要で、今大会のマチューは全てを完璧に備えていた。ついでにいうとイケメンで長い手足も持っている。パリ〜ルーベ優勝は、名選手だった祖父や父にも届かなかったタイトルで、これでマチューは5大モニュメントの3つを制した(ミラノ〜サンレモ/ロンドX2)。

それにしても、特筆したいのはフィリプセンだ。荒れた展開だった20日ほど前のブルッヘ〜デパンヌを単独で勝ち切った強さをみればこの好走も納得できるが、ピーダスンキュングを振り切ってしまうほどの高速のパリ〜ルーベで、ファンアールトに平気な顔してついて行ってマッチスプリントで圧倒するなんて…。あのヴェロドロームでの一週遅れのWガッツポーズは名シーン。これで今年のフィリプセンの3つの勝ち星をサポートしたマチューへの恩返しも済んだ。そしてファンアールトには“運”がなかった。最強の布陣で臨んだはずのユンボは、ファンバーレがパヴェが始まってすぐに落車しリタイア、ラポルトも5つ星セクターのアランベールでパンクし大きく遅れ、重要なアシストをレース中盤で完全に失ったうえに、自らも勝敗を分けた局面でパンクしてしまう致命的なアクシデントに見舞われる。さらに言うと一週間前のロンドの落車による膝と肋骨の怪我はレースまでに癒えていなかった(本人は言い訳にしていない)。永遠のライバルである二人の差は、紙一重の“運”の差だったと言いたくもなる。

4位以下、ピーダスンキュングガンナは優勝候補にも数えられていたので順当な好成績。ピーダスンとガンナは北クラシックに完全に覚醒したといえる。そしてこの大会で一番印象的だったのは、やはり7位のデゲンコルプ。実に見事で、全く残念である。あの接触による落車がなければ…。デゲンコルプはヘントから続くクラシック連戦を全て10位以内で終えて、明らかに調子が上がってきたのを知っていたから、WTでは2018年以来となる勝利さえ可能性があった。身も心も傷だらけでゴールした姿と、ゴール後にはいつまでも記憶に残りそうだ。レース後には「これがロードレースだ」と語り、レースを支えたボランティアたちと記念写真を撮って彼らを祝福した。8位のヴァルシャイドも健闘で、9位のローレンス・レックスは大健闘で“運”が良かったライダーだ。レックスはあまり馴染みがない方も多いと思うので少し触れておく。今季チームに加入した23歳のベルギー人は昨年(ビンゴールに所属)の北クラシックでもう少しでトップ10に入りそうな成績を連発してブレイク直前だったが、ドワーズで落車し鎖骨と肩甲骨を骨折し、低迷の時期を過ごした苦労人。アンテルマルシェではチーム内に二人“ローレンス”がいることで(ローレンス・ハイス24歳)いじられ役兼ムードメーカーにもなっている。メジャーレースでの9位は、もちろんキャリアハイ。今年のアンテルマルシェは次々に面白い選手が出てきてほんとに魅力あるチームになった。またパンクに見舞われながらも最後まで追い続けて10位に入ったラポルトも誇れる成績だ。彼もまた不運がなければもっと上位になっていたはずである。しかしそれも“ロードレース”なのだ。

 

◎レースのハイライトはこちら

www.youtube.com

 

◎レース後のデゲンコルプのインタビューと慰めるマチュー

 

 

◎予想結果:優勝候補ほか

パリ〜ルーベでトップ10のうち5人当てれば、まあいいほうでしょうか(そうでもない)。いや、いいほうではないけど、これ以上当てるのはそれこそ“運”だと思う。

あ、一応確認しておきますが、僕のブログは「優勝予想」ではなくて、「有力選手紹介」ですから。という意味ではトップ10のうち9人、トップ20のうち18人をピックアップしているのは十分ではないか、とかね(それでいいのか?)。パリ〜ルーベは予想が難しいので、いや、予想は不可能なので(と、開き直る)。

いろいろと不運だった選手はたくさんいるが、特にデゲンコルプは惜しかった。いろんな方やメディアの予想を見ても彼を有力候補にしているのはほぼなかったので、★ふたつつけた僕としてもかなり応援していたわけで。残念っす。サガンについてはロンドに続いて落車によるリタイア。もともと落車が少ないほうの選手のサガンが落車が続いているのも(運も含めて)落ちてきている印象は否めない。あとは、ウルフパックは残念な(以下略



 

 

◎その他・雑感

パリ〜ルーベではトラブルは付き物だ。他のレース以上に勝者に“強運”の印象が残る。だから各チームも少しでもトラブルを防ぐべく様々な対策を講じていた。レース前のトピックでは、ユンボDSMが今回初めて使用したというタイヤ空気圧可変システムは有効だったのだろうか。ボタン操作でタイヤの空気圧をパヴェでは下げて舗装路では上げることができるらしい。その辺りの検証記事があれば読みたいのだが。例えば、DSMのデゲンコプルプの活躍には少なからず関与していたのであればそれも面白いし、ラポルトのタイヤ交換に時間がかかったのはシステムの弊害もあるように感じる。走りやすさの向上とパンクという“不運”を回避する努力の一例であるが、結果だけ見るとユンボDSMで際立った効果があったようには思えない。

最後に、冒頭で掲げた疑問について。─  17対10。それはマチューとファンアールトのワンデーレースにおける直接対戦成績である(ロードレースのみ)。マチューから見て17勝10敗、今年だけでは3勝1敗(サンレモ/E3/ロンド/ルーベは、MVDP:1/2/2/1位、WVA:3/1/4/3位。どっちもとんでもない成績だが)。マチューは強いライダーに必要なほぼ全ての資質を持っているように、ファンアールトもまた同等かそれ以上のものを持っているのだが、なぜかかなりの差がついている。これは実力なのか、それとも別の要因があるのか。シクロクロス時代からすでに10年以上も永遠のライバルと自他共に認める存在となっているだけに、少し違和感を感じてしまった。ちなみにステージレースも入れると25勝25敗と完全に五分になる(タイムトライアルはファンアールトが圧勝)。ともに出走するワンデーはどちらもエースとして走る機会が多いので、この傾向は偶然では片付けられない。考えられることは、1.マチューのほうがちょっと強い。2.マチューの方が相性が良い、あるいはファンアールトが苦手意識を持っている。3.マチューが運が良い。4.たまたま。・・・どれもしっくり来ない。

ひとつありえそうなのは、チームの違い。ユンボは強い。が、それに相対してファンアールト以外でもエースを立てるプランがある。一方アルペシンも強いが、基本的には「マチュー」ありきだ。それぞれのチームのレースへの取り組み方の違いが二人の成績に影響しているのではないか。どちらもチームの姿勢として正しい。ひとりの絶対的なエースがいれば、戦術もシンプルになり、選手たちも迷うことなく走れる。一方ひとりのエースへの依存が高くなれば失敗するリスクもまた高くなり、ライバルチームにも対応されやすいなど、長所と短所は同等に存在する。ユンボの巨大なチーム力によってファンアールトも恩恵を得ているのだが、彼が歯車のひとつになってしまうこともあるのだ。例えば、今年のヘントはファンアールトはラポルトに勝ちを譲ったが、マチューはきっと自分が勝てるレースは譲らない。そしてユンボはステージ総合を狙うチームでもあり、ファンアールトもそのアシストであることの影響。難関山岳ステージでリーダーを牽引するようなことは、マチューはしない(普通はできない)。ファンアールトは自身の異次元の才能のせいで登坂のトレーミングも必要になり、最後まで緊張が抜けることはない。今年は二人ともミラノ〜サンレモの前にティレーノ〜アドリアティコを走っているが、疲労度は全く違うだろう。マチューは自分が勝てるレースのためだけに自分を仕上げることができるが、ファンアールトはそうではない。そのチームでの役割の差が二人のコンディションに影響し、対戦成績に差が現れているのではないだろうか。でも、その答えでは今年のモニュメントはマチューが全勝してる理由にはならないか。

などと、いろいろ考えてみたのだが、結局僕の中では明確な答えはない(ないんかーい!)。というか、僕にはわからなかったので、逆に教えてほしい。おそらく、彼らのどちらかが引退する頃にやっとわかるような気がする。今はっきりとわかったことは、この二人は過去にもほとんど例のないようなスペシャルなライダーで、同じ時代に同年代で競っているということ。お互いの存在がどれだけのものか、マチューはモニュメントを3つ獲ってもファンアールトのおかげでモチベーションが枯れることはないし、もっと高みに到達できるだろう。

マチューは何もかも持っていると言ったが「ファンアールトという最強のライバル」がいることが、彼の最大限の幸運だと思えるのだ。そしてそれを観戦できる我々もまた幸運なのだ。二人の対決をたっぷりと堪能しよう。それが二人への正しい敬意の表し方のはずだ、うん。

 

◎プレビュー記事はこちら。

jamride.hateblo.jp