マイヨジョーヌの想定内と想定外 〜TDF雑感〜
本日からのピレネー山岳連戦は、最終的なマイヨジョーヌ争いに非常に大きな意味をもたらすステージになる。今回はここまでのレース展開で気づいた傾向について考察してみたい。この記事は、およそ半分のステージを終えた段階で(stagr11終了時)まとめている。当初はstage4とstage9を終えたときに雑感として総合争いを記事にしようとしつつ、思考も内容もまとまらなくて蔵入りにしていたパーソナルな感想であるこを告白しておく。
正直にいえば、レースが始まる前は過去最低のモチベーションで見るツールだった。しかし蓋を開けてみれば初日のバルデの勇姿に始まり、歴史的な勝利もあったり、助演男優賞候補が何人も現れるドラマチックなレースが連日繰り広げられている。最高のライダーたちが全てを出し尽くしていつのだ。つまらないはずがない。彼らに感謝をしたい。
主演男優賞はマイヨジョーヌ争いになる。彼らの様子を以下、時系列に沿って振り返ってみる。
戦前の個人的な予想
レースの振り返りの前に、マイヨジョーヌ争いは以下のようになると想像していた(後出しじゃんけんではなく過去記事の内容を要約)。
ポガチャルが総合優勝。2位はヴィンゲゴー(実際の順位はヴィンゲゴーの仕上がり次第だと思っていた)。3位はログリッチ。この3人は他とレベルが違う。ポガチャルは1周目から積極的にリードを奪い逃げ切る想定。ジロとの連戦の疲労の蓄積により3週目は失速(とはいってもヴィンゲゴー以外には負けないだろう)。ヴィンゲゴーは序盤は怪我からの回復の様子見しつつレース勘が戻るのを待ち、得意の長く厳しい登り(stage19・20)で勝負をかける。それでもポガチャルが築いたリードを崩すまでには至らない。4位以下は順不同で、カルロス・ロドリゲス、アダム・イェーツ、アルメイダ、アユソ、ブイトラゴ、ヨルゲンソン、レニー・マルティネスが10位以内を競う(出場選手記事で☆印を4つ以上つけている)。レムコは10分以上遅れて総合15位前後。2週目には遅れてしまい、ステージハントに注力するだろうと考えていた。サイモン・イェーツ、ガル、ランダ、ウラソフ、ベルナル、マルタン、ヴォークラン、マス、ウィリアムズまでは調子と展開次第でトップ10の可能性あり。チッコーネ、カラパス、バルデ、ビルバオは総合よりもステージ優勝もしくは山岳賞狙い。現時点では実際に大きく外れてはいないと思っている。
*詳細(BIG4についての解説)はこちらで記述。
暴君の猛攻と焦り 〜 一週目を終えて 〜
【stage1&2】: ずっとポガチャルは積極的だ。stage1と2は様子見で、自身の調子を確認しながら、ライバルたち特にヴィンゲゴーを常に探っていた気配がある。ポガチャルの調子は良さそう。stage1ではゴール前スプリントでもがいてファンアールトと僅差でフィニッシュした。stage2で見せた終盤のアタックもキレキレで、多くのライバルたちを置き去りにした。ただしヴィンゲゴーだけはしっかりとついていけたことと、レムコが牽引する追走グループに追いつかれたことと(ヴィンゲゴーが効いていた)、ゴールスプリントで沈んでしまったのは「もしかしてポガチャルには余裕がない?」とも感じた。結果的にカラパスがマイヨジョーヌになったことはUAEのアシストたちは少しほっとしたかもしれない。
【stage4】: 最初の山岳ステージで、UAEが全力で仕掛けた。超級ガリビエ峠では強力なアシストをフルに使って勝負をかけ、山頂でヴィンゲゴーに10秒差をつけて通過、さらにダウンヒルで脚を緩めることなくアグレッシブは走りで最終的にヴィンゲゴーに50秒差をつけた。ポガチャルがstage4でマイヨジョーヌになったこともタイム差をつけたのも想定内。ライバル(主にヴィンゲゴー)に対して攻撃をして可能な限りタイム差をつけるという目標を達成し、ここまでは成功といえる。以下、展開の中で気づいたこと。UAEの他のメンバーは完全にアシストで複数エース体制ではない。総合系による山岳アシストは最強、トップ10に複数入りそうな布陣。ポガチャルの調子も悪くない。ダウンヒルと個人TTは大きくレベルアップし、昨年ほどヴィンゲゴーの優位はない。余談だがガリビエ峠のダウンヒルタイムはあの神業のようなピドコックのダウンヒルと1秒しか変わらないと知って心底驚いた。懸念点としては“積極的過ぎる”ことで、序盤から全てのステージで優位に立とうとして力を使い過ぎた挙句、最後は失速して逆転を許すというここ2年と同じことを繰り返している印象。序盤からのマイヨジョーヌは集団コントロールなどアシストの労力が増すことも意味する。ジロからの疲労もどんどん溜まるはずで、もし失速しないと考えているなら過信でしかない。
ヴィンゲゴーについて。バスクカントリーでの落車による影響は、肉体的にはそこまで大きくはなさそう。ただしメンタルは想像以上にダメージを負っていた。ダウンヒルでの躊躇は恐怖心からだろう。レースをこなしていくにつれて払拭するかもしれないが、こればっかりは如何ともしがたい。アシストに対して不安もある。クスの不在の影響は少なくない。ケルデルマン、ヨルゲンソンと山岳で仕事をするべきアシスト役がガリビエ峠で早々に遅れ、単独になってしまったことはUAEより厳しい状態を表している。
【stage7】: 個人TTにおいてはBIG4はやはり別格。特にTTでのレムコは抜群に強かった。彼もまだ万全ではないはずで、これからもっと状態を上げてくるかもしれない。レムコ恐るべし。ポガチャルもジロで見せたTTの成長を完全に証明。ビッグギアと短めのクランクによるパワーが効果的であったとすると、山岳TTは平坦ほどではないかもしれない。ヴィンゲゴーもかなり状態を戻している印象で、4位はポジティブなリザルト。ログリッチも調子は悪くない。昨年のジロstage20で見せたTTの強さを再現できれば逆転のチャンスは十分ある。その他のライダーは個別に仕上がりの良し悪しはあるが、BIG4と比較すると力の差は歴然か。
【stage9】: ポガチャルは好調だったが、タイム差をつけることはならず、UAEとしては大げさにいえば失敗だったとさえ感じる。途中のアタックはライバルたちの様子見ではなく本気でタイム差をつけるためのもので、それにしっかりとついていったヴィンゲゴー(ヨルゲンソンの好アシスト)は想定外だったのだろう。レース後に守りの走りに徹したヴィンゲゴーを口撃していたのは、ポガチャルの余裕のなさを露呈した。逆にヴィンゲゴーはこのstageを無事に乗り切ったことで精神的には優位に立った。ログリッチについては想像していたよりも不安を感じる部分は多い。結果としてここまで大きく遅れずに済んだが、展開ではメイン集団から遅れることが散見されて後手に回っている印象が強い。レッドブルのアシスト体制は当初の想像よりも弱いといわざるをえない。逆にレムコは個人的にはここまでの走りは少し驚いている。ポガチャルに互角に近いレベルで渡り合えるほど身体をGC仕様に絞ってきているのが明確で(ドーフィネより2.5kg体重を落とした)登坂でアシストが遅れて単独になってもペース走で登り切ったり、苦手と目されていたグラベルでは自らアタックするほどの順応性も見せた(GCライダーとしてのレムコさんを過小評価していました、ごめんなさい)。インタビューでは「トップ5に入ることが目標で、あわよくば表彰台を目指す」と現状の実力差を的確に見据えている発言も好印象で、成長度合いを見ていると2年後には本気でマイヨジョーヌを狙えるレベルになるかもしれない。
貴公子の涙 〜 総合争いの転機 〜
【stage11】: 今大会を振り返った時に特に重要なステージだったと感じる予感がしている。残り30knの1級山岳ピューイ・マレーでポガチャルは勝負に出た。そして負けた。負けたというのはかわいそうかもしれない。ヴィンゲゴー以外にはタイム差を拡大し、多くのライバルたちを脱落させたことは成功ともいえるからだ。単独で山頂通過してダウンヒルでもタイム差拡大を目指したのは、stage4で見せたキレキレのダウンヒルを再び披露しようとしたのは明白だ。しかし誤算だったのは、単独アタックによって大きなエネルギーを使ったにもかかわらずログリッチのダウンヒルによってタイム差は逆に削られてしまった。そのうえ次の2級山岳登坂でヴィンゲゴーに追いつかれ、得意であったフィニッシュのスプリントでも敗れた。ポガチャルの失速はUAEの補給ミスも敗因のひとつに指摘されたし、勝負どころを間違えたと感じるのは一週目で感じたポガチャルの焦りがあったのではないだろうか。そこまで脅威を感じさせたヴィスマ、ヴィンゲゴーの勝利であった。ディフェンディングチャンピオンはゴール後のインタビューで感情的になり涙を見せた。最強クライマーとしての復活を意味する勝利は3連覇へ望みをつないだ。何よりもあの大怪我を乗り越えた安堵だろう。
バスクでの落車でヴィンゲゴーは病院に搬送される時は死を覚悟し、手術後も選手を引退しようと考えていたらしい。そこからツールという舞台で再び勝利ができたことは、すでに彼にとっては勝利以上に感じたのは想像に難くない。ステージ優勝したヴィンゲゴーを心から讃えたい。
UAEにとっての痛手はアユソの離脱。covid陽性による体調不良でstage13をDNF。ピレネー決戦を前に強力な山岳アシストを失った。アユソはツールが始まってからずっと不調に見えていたのは、最初から体調不良があったのかもしれない。
個人的にはとても残念な出来事。stage13のスタート前に、BIG4の一人ログリッチがリタイアした。stage11と12での落車による怪我が理由。ヒンドレーの体調不良とウラソフの骨折リタイアという向かい風に立ち向かいながらのチャレンジはここで終わった。ログリッチの存在はここまでヴィンゲゴーとレムコを間接的に救っていた(stage4でのダウンヒルでレムコとヴィンゲゴーの遅れを挽回したし、stage11でのヴィンゲゴーの大逆転もログリッチの間接的なアシストだった)こともあり、単なる優勝候補が一人姿を消した以上の影響もありそう(ポガチャルには追い風と言える)。最強チームのヴィスマから移籍を志願してまで欲したマイヨジョーヌは今年も届かなかった。それでも、何度でも立ち上がる不屈の男ログリッチは、また立ち上がるだろう。ファンとしては彼の悲願達成まで応援し続ける。
マイヨジョーヌの行方
現状ポガチャルとヴィンゲゴーの一騎打ちになるだろう。最後までヒリヒリした展開が続きそうな予感がある。今はヴィンゲゴーが有利だと思っている。賛否があるのは承知でいうが、“アグレッシブさ”というポガチャルらしさは諸刃の剣であり、最終的にそれが原因でヴィンゲゴーが勝ちそうに思えてならない。平坦ステージのstage13ではゴール前の集団スプリントにも参加した。結局こういうところがダメージの蓄積となり、今後のマイヨジョーヌ争いに影響していくだろう。エンタメとしては楽しいかもしれないが、個人的には残念に感じる姿勢だ。彼のマイヨジョーヌは大げさにいえば、彼の抱える責任である。UAEはチームの全てを彼の勝利に尽くしている。エース級のアシストたちの犠牲も抱えているのだ。ジロではマリアローザも手にしてリエージュも勝利している最強ライダーだから、マイヨジョーヌがとれなくてもいいとチームが考えているなら構わないけれど。全力を尽くしても取れないなら全く文句はないが、自らチャンスを手放しているように見えて歯がゆく感じる。
どちらにしても、マイヨジョーヌ争いの勝負どころは最後の3日間である。それまでにタイム差をつけられないでいることがヴィスマの最大の仕事だ。逆にいえば、2週目を終える頃にヴィンゲゴーが諦めるほどタイム差をつけられなければポガチャルの勝ちは難しい。つまり、今日と明日でマイヨジョーヌ争いは大きな節目を迎える。この二日間合計で勝った方がマイヨジョーヌになると思っている。
◎stage1の雑感。バルデの優勝に感じたこと。
◎昨年の記事ですが、ヴィンゲゴーとポガチャルの比較。
この時と状況は変わっていないように感じます。